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MIDFIELD通信
その1 その2 その3 その4
その1
弊社ラインアップの展開は日露戦争シリーズ、南極観測シリーズ、ルマン参戦マツダ車などなどがあるなか、第二特務艦隊シリーズと銘打って下記3アイテムを発売している。
SML001 日本海軍 一等巡洋艦 出雲 WW1バージョン(流通在庫のみ)
SM025 日本海軍 駆逐艦 桃型(流通在庫のみ)
SM027 日本海軍 駆逐艦 樺型(残り僅か)
この企画のきっかけは一冊の本との出会いであった。
「マルタの碑」(著者秋月達郎 祥伝社)、艦船ファンの多くはすでに読まれたこともあると思うが、なにしろ買ったその日(たしか金曜日の夕方)から読みはじめてそのおもしろさに、土曜日晩のB社社長k氏とのギャバクラへ行く約束をすっぽかして日曜日の昼過ぎまでに一気に読み終えてしまう内容であった。
英国IPMSショーで弊社ブースに多くの艦船モデラーが尋ねてきて、 「日露戦争の我が連合艦隊艦艇の多くは英国製ですよ」というと みんな「知ってる、知ってると」と答えて笑顔になり、
「第二次大戦は敵になっちゃたですね」と言うと少し笑顔が消えて、 「でも、第一次大戦は味方だったですよね」というと再び笑顔で、 「MALTA
CONBOY!」と答えて、弊社商品を購入してくれる。
英国艦船モデラーとの間で成立する会話も、残念ながら日本国内では ほとんどが通じないケースが多い。
我が国においては、地中海派遣艦隊はほとんど知られてはいないと言うのが 実際ではないだろうか。
上記商品を国内営業した時も、「第二次大戦もの以外は売れないよ」と 言うのが営業に行く先々で言われた言葉である。
著者秋山達郎さんの描く当時の日本、海外の情勢は読者に理解しやすく 、そのリサーチの素晴らしさにページをめくる手は止まらない。
また、若き日の山口多聞少尉が歩く東京神楽坂の街の雰囲気は 元南極観測隊隊長村山雅美氏からお聞きした大正デモクラシー残る 戦前の花街としての神楽坂と通じるものがあって、興味深い内容である。
(山口多聞海軍中将のお宅は村山さん宅の御近所であった!)
地中海において多くの犠牲を払いながら、連合国艦船の護衛任務を全う、称賛を浴びたはずの日本海軍はその数十年後の大平洋戦争では船団護衛に失敗するのは何故であろうか。
以前より明治海軍からこの時代の海軍と昭和戦争直前期の海軍は全く別物に思えている。日々多くの疑問を持って生きている今日この頃だが、この疑問は更に多くの年月と読書によって少しずつ回答を導きだそうと思っている。
この本はそういった疑問のパズルのひとつを埋めてくれたと実感している。
御一読をお薦めする一冊である。
秋月 達郎 (著)
価格: ¥2,520 (税込)
祥伝社 ISBN: 4396632193
第二特務艦隊 画像その1 2 3
その2
学生時代、我が国にバブルがやって来たころ、周囲に車を所有する 友人が増えてきた。ちょうど「私をスキーにつれてって」という
映画でトヨタセリカGT-FOURが冬のナンパの定番。
また、六本木では外車以外で唯一ホンダプレリュードが女の子を 助手席に乗せて恥ずかしく無い車と言われていた頃のお話。
リトクタブルライトと4WS機能にあこがれてと言うのは表向きで、 ナンパ成功率向上の為、ホンダのショウルームに行き、プレリュードに試乗しようとしたら頭がひっかかる。
座席高さを下げようとしたら、さがらない「この車、お客さんの体にはあいませんね」と冷たく言い放つ営業マン。
中学校の頃から物理学の定義に従って思考する友人で現在脳神経外科のドクターをしているM氏。共通一次の理科二教科も化学と“物理”選択という、自分の思考とは全くリンクすることのない彼が日頃から口にしていた
「理想のエンジンはロータリーだあ!」との台詞がなぜか頭にこだましてマツダのディーラーに行ったのが、今に続くアイ・ラブ・マツダの原点だ。
M氏はユーノスコスモ20B3ローター、小生は4WS搭載のカペラC2を その後10年近く乗り、M氏は結婚、出産を機にMPV、ラジエター水漏れが
止まらなくなったC2は21万キロでユーノス800になって現在に 至っている。
弊社アルナージュモデルシリーズはマツダ車をメインに展開している。 シリーズ展開当初は「日産、トヨタ、ホンダ、スバル、マツダ車はセブン
とロードスター以外売れないよ」と言われが、お陰様で全アイテム発売して 暫くたつと完売になる。
大手メーカーさんがやらなかった事が要因でマツダ関係者の間では、 少しばかし名を知られている、もとい「あの会社のミニカー担当に マツダのルマン挑戦を喋らせると永遠に止まらない」として知られている。
片山義美さんとの出会いは717C発売時に御挨拶した時が最初であった。 事務所におじゃまして半日おしゃべり、夜には三ノ宮のおネエちゃん¥達のいる
お店で4時間。(片山さんから見たらおネエちゃんだが、私には叔母さん....) その日一日は夢のような一日であった。
元マツダスピードの大橋さんと菅野さんは現在トヨタチームサードにいらして、 GT選手権でその手腕を発揮されている。
大橋さんは実姉様が弊社事務所の近所にお住まいで、時々和菓子を持って遊びにきて頂き、 幕末明治について語り合う。
菅野さんは世田谷/駒沢の居酒屋で日本酒傾けながら時がたつのを忘れて人生論を語ってしまう。
元マツダRX-7FD主査の小早川さんとは昨年発売のローラT616マツダ のミニカー打ち合わせで毎週の様に世田谷/弦巻のデニーズでコーヒーを
ご一緒させていただく栄誉をいただいた。
現在のユーノス800は正直省エネという点では今イチ。
しかし運転していて楽しくてしょうがない。 あまり車に詳しく無い女の子には「これって外車ですかあ」と言われるのも これまた楽しい。
これからもマツダ車を乗り続けるつもりである。 それにしても最近RX-8を買った前出M氏、奥さん美人だし羨ましい限りである。
その3
第二次世界大戦、英国コマンド部隊にはドイツ占領下の各国からの亡命兵士に よって組織された第10コマンド部隊(インターアライド)があった。第一小隊はフランス人、第二小隊はオランダ人、そして第三小隊は
ドイツ、オーストリア、ハンガリーからの若者であり、その多くはユダヤ人であった。ドイツ軍の捕虜になった場合、彼等の運命は苛烈なものになる事は
想像できる範囲の事であり、陸軍は全員がイギリス人としてのカバーを持つ事とした。この事からこの小隊は"イギリス人小隊"もしくは"X小隊"と
呼ばれた。
学生時代、感銘し20年間その原書を追い求めていた ハヤカワ文庫(NF78)"ノルマンディー偽装作戦/伊藤哲訳"小説を先日入手することができた。英国海軍の戦艦の資料を探してネットサーフしていたら、
ミリタリーブック(http://www.militarybookworm.co.uk)
というサイトで「The Unknown Warriors James Leasor」という文字を 発見した。正直夢をみているのかと思った。
(実際今まで夢の中では何度もこの本の原書を見つけている。) 発注から一週間、届いた本は丁寧に包装されていた。
主人公はオーストリアから開戦直前脱出したユダヤ人リグビー。英国での学位取得を目前に敵性外国人として抑留されるも、 ナチスに対する戦いの意志を持ってX小隊に志願する。他に登場人物としてはマウントバッテン卿、チャーチル首相、ウインゲート中佐などが生き生きと描かれている。さらに、リグビーと同じくらい魅力的人物としてX小隊隊長ブライアン・ヒルトン・ジョーンズ中佐。彼は架空の人物かと思っていたら、実際に存在している事を知った時も驚きであった。彼等の台詞ひとつひとつを,
20年近く何か悩んだ時に解決の糸口としていた。
「伝書バトが到着した」(The pigeons had arrived.)
「生きている間に、自分がいなくなった世の中が少しでもよくなるようなことをすることだ」
(To something during my life which will make the world a better place
after I have gone.)
残念ながら、ハヤカワ文庫の方は現在絶版となっており入手は困難である。 古本屋等でみかけたら購入をお薦めする。原書の方は、上記ミリタリーブックで入手可能である。(2005.1現在)
御一読いただければ幸いだ。
その4
最近、寝酒の銘柄を変えた。
前はジャック=ヒギンズの小説に出てくるリーアム=デブリンに憧れてブッシュミルズを飲んでいたが、東中野のスーパーで安売りしているジョニ黒を飲むようになった。
第二次世界大戦中、英国輸送船団のドイツUボートによる被害は危機的状況に まで達していた。英国海軍作戦本部はその対策としてフラワー級、ブラックスワン級、リヴァ−級などのUボートハンターの艦種を配備、またドイツ軍の
暗号を解読した。
ジョニー=ウォーカー(CAPTAIN F.J.WALKER C.B., D.S.O., AND THREE BARS)は1913年士官候補生として英国海軍での人生をスタートした。決して裕福ではない状況の中での生涯の伴侶との出会い、そして結婚、子供にも恵まれた。第一次世界大戦に於いては当時人気の主力艦での勤務はなく、エリートの道を歩んでいる人物ではなかった。
後の大戦と同様、第一世界大戦でもドイツ潜水艦の活躍により英国の生命線である輸送船団の被害は甚大であった。英国海軍は対潜水艦作戦を展開、若き
ウォーカーはそこに身を投じる事となる。
大戦終了後、ジョニーは海軍を辞めるかどうかで悩んだ。
決して多く無い給与とそれに伴う子供達の養育、宗派が異なる妻との問題、 対潜水艦の専門家という王道とは程遠い部内での立場。
しかし彼は海軍に留まった。
第二次世界大戦が始まると、再びドイツ潜水艦による被害が日に日に増加した。すでに40歳を過ぎていたジョニーは陸上勤務であり、このような状況の中、上層部に対して艦上勤務を願い出ても普段から主力艦嫌いの変わり者であり、海軍部内でも浮いた存在であった彼の希望は却下され続けられた。
しかし、Uボートによる被害の増大は上記の装備及び作戦システムの構築はできたものの、現場指揮官の不足という問題を浮き上がらせる事となった。そして、それはジョニー=ウォーカーを起用する事へと結びついた。
1941年ついに彼は第36護衛群の先任将校として海上勤務となる。
その海軍生活のほとんどを費やした「対潜水艦戰」を実施するチャンスがついに訪れたのである。やがて第2護衛群司令官となったジョニーは輸送船団に対しての近接防衛と所属艦艇がひとつのチームとして行動する事により、対Uボート作戦を確立する。
1944年2月にH.M.Sスターリングに乗務したウォーカー率いる部隊は、 6隻ものUボートを撃沈する快挙を成し遂げた。
しかしながら、海上での激務は彼の肉体と精神の疲労を極限にまで高めた。7月、ノルマンディー上陸作戦も終り大西洋の海が平和を取り戻しはじめると、ジョニーは発作を起こし、そして帰らぬ人となった。
弊社取り扱いのスカイトレックス社1/350メタルキットシリーズに ジョニー=ウォーカーが乗り組んだモデルがある。
正直、このラインアップをみた時に何の魅力も感じなかった。 しかし、彼の伝記から当時英国国民のUボートへの脅威とそれに対抗し ついには勝利したジョニーへの感謝と称賛をモデルから感じるようになった。
歴史が彼を必要とした時、忽然として現れ、
その使命が終わると大急ぎで去った。
司馬遼太郎さんの小説「花神」をNHKが大河ドラマで放映した時の オープニングのナレーションである。
夜、ジョニ黒を飲みながら彼の伝記を読むと、 本厄を迎えてしまった自分を振り返っていろいろな事が、頭を巡ってしまう。
みなさんも深酒には注意して頂きたい。